《なん》にも用事もありませんから、ゆるゆるお噺《はなし》でも伺いたいものです」と、誠に如才《じょさい》ない接待振《あつかいぶり》で、私も思わずここに尻を据えて、殆《ほとん》ど三時間ほども世間噺に時を移した。それから、先祖代々の肖像画をお目にかけようと云うので、主人《あるじ》が先に立って奥の一室へ案内する、私も何心《なにごころ》なく其《そ》の跡について行くと、貴族の家の習慣《ならい》として、広い一室の壁に先祖代々の人々の肖像画が順序正しく懸《か》け列《つら》ねてある。で、一々これを仰《あお》ぎ視《み》ている中《うち》に、私は思わずアッと叫んだ。と云うのは他《ほか》でもない、彼《か》の恐しい貴婦人の顔が活けるが如くに睨んでいるのだ。其《そ》の恐しい顔、実に先夜の顔と寸分|違《たが》わず、彼《か》の幽霊が再びここへ迷い出たかと思われる位《くらい》、私は我にもあらで身を顫《ふる》わせた。その挙動が余《よ》ほど不思議に見えたのであろう、主人《あるじ》は私の顔をジロジロ視《み》て、「あなた、どうか為《し》ましたか」私は半《なかば》は夢中で、「ハイあれです、確《たしか》にあれです、私は確《たしか》に
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