へちま[#「へちま」に傍点]の蔓《つる》も葉も思うさま伸びて拡《ひろ》がって、大きい実が十五、六もぶらり[#「ぶらり」に傍点]と下ったので、私たちは子供のように手をたたいて嬉しがった。
 その翌年の夏、銀座の天金の主人から、暑中見舞として式亭三馬自画讃の大色紙の複製を貰った。それはへちま[#「へちま」に傍点]でなく、夕顔の棚の下に農家の夫婦が凉んでいる図で、いわゆる夕顔棚の下凉みであろう。それに三馬自筆の狂歌が書き添えてある。
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なりひさご、なりにかまはず、すゞむべい
        風のふくべの木蔭たづねて
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 これを見て、わたしは再びへちま[#「へちま」に傍点]の棚が恋しくなったが、その頃はもう麹町《こうじまち》の旧宅地へ戻っていたので、市内の庭にはへちま[#「へちま」に傍点]を栽えるほどの余地をあたえられなかった。そのまま幾年を送るうちに、一昨年から目黒へ移り住むことになったので、今度は本職の植木屋に頼んで相当の棚を作らせると、果してその年の成績はよかった。昨年の出来もよかった。
 私の家ばかりでなく、ここらには同好の人々が多いとみえ
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