いので、なにも人殺しとか泥坊とかいうような警察事故に限ったことではないのでございます。そこで、どなたからと申すよりも、やはり前回の先例にならいまして、今晩もまず星崎さんから口切りを願うわけにはまいりますまいか。」
星崎さんは前回に「青蛙神」の怪を語った人である。名ざしで引出されて、頭をかきながらひと膝ゆすり出た。
「では、今夜もまた前座を勤めますかな。なにぶん突然のことで、面白いお話も思い出せないのですが……。わたしの友人に佐山君というのがおります。現在は××会社の支店長になって上海《シャンハイ》に勤めていますが、このお話――明治三十七年の九月、日露戦争の最中で、遼陽《りょうよう》陥落の公報が出てから一週間ほど過ぎた後のことです。――の当時はまだ二十四、五の青年で、北の地方の某師団所在地にある同じ会社の支店詰めであったそうで、勿論、その地位もまだ低い、単に一個の若い店員に過ぎなかったのです。××会社はその頃、その師団の御用をうけたまわって、何かの軍需品を納めていたので、戦争中は非常に忙がしかったそうです。佐山君は学校を出たばかりで、すぐにこの支店に廻されて、あまりに忙がしいので一時は
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