面くらってしまったが、それもだんだんに馴れて来て、ようよう一人前の役目がまずとどこおりなく勤められるようになった頃に、この不思議な事件が出来《しゅったい》したのですから、そのつもりでお聞きください。」
こういう前置きをして、彼はかの佐山君と火薬庫と狐とに関する一|場《じょう》の奇怪な物語を説き出した。
一
遼陽陥落の報知は無論に歓喜の声をもって日本じゅうに迎えられたが、殊に師団の所在地であるだけに、ここの気分はさらに一層の歓喜と誇りとをもって満たされた。盛大な提灯行列が三日にわたって行なわれて、佐山君の店の人たちも疲れ切ってしまうほどに毎晩提灯をふって歩きつづけた。声のかれるほどに万歳を叫びつづけた。そのおびただしい疲労のなかにも、会社の仕事はますます繁劇《はんげき》を加えるばかりで、佐山君らはほとんど不眠不休というありさまで働かされた。
けさも朝から軍需品の材料をあつめるために、町から四里ほども距《はな》れている近在を自転車で駈けずりまわって、日の暮れる頃に帰って来ると、もう半道《はんみち》ばかりで町の入口に行き着くというところで、自転車に故障ができた。田舎道をむ
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