が光っていた事は、福島金吾確かに見とどけたと云う事。
因みに記すも古めかしいが、右の溜池界隈には猶一種の怪談があって、これも聊《いささ》か前の内藤家に関係があるから、併《あわ》せてここにお噺し申そう、慶応三年の春も暮れて、山王山の桜も散尽くした頃の事で、彼《か》の溜池の畔に夜な夜な怪しい影がボンヤリと現われる。もっとも其頃《そのころ》の溜池は中々広いもので、維新後に埋められて狭くなり、更に埋められて当時の如く町家立ち続く繁華の地となったが、慶応頃の溜池は深く広く、其《その》末のドンドンには前記の如く河童小僧さえ住むと云う位、其の向う岸即ち内藤家の邸《やしき》の裏手に当って、影とも分かず煙とも分かぬ朦朧たる物が、薄墨の絵の如くに茫として立迷っているのを、通行人が認めて不思議不思議と云い囃す、其《そ》の評判を同邸の家中の者が聞伝えて、試みに赤坂の方へ廻って見渡すと、何さま人の噂に違わず、影か幻か朦朧たる物が水の上に立っていて、其《そ》の形さながら人の如くであるから、何《いず》れも唯だ不思議だ奇怪だと云うのみであったが、念の為に小舟を漕ぎ出して其《その》影の辺《あたり》に近づいて見ると影は
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