消えて何にもない、扨《さて》又|旧《もと》の岸へ帰って見ると、彼の影は依然として水の上に迷っている、これは恐らく水中に何物か沈んでいるのではあるまいかと、一同協議の上で、その翌《あく》る朝更に小舟を漕ぎ出し、夜な夜な影の迷う辺《あたり》を其処《そこ》か此処《ここ》かと棹で探ると、緑伸びたる芦の根に何か触る物がある、扨《さて》はと一同立騒いで直ちに此《こ》れを引きあげると、思いきや此《こ》れは年頃二十三四とも見ゆる町人風の男で、荒縄を以て手足を犇《ひし》々と縛られたまま投込まれたものと覚しく、色は蒼ざめ髪は乱れ、二目と見られぬ無残の体で、入水後已に幾日を経たのであろう、全身腐乱して其《そ》の臭気|夥多《おびただ》しい、一同アッと顔見わせたが兎も角も其《その》死体を舁《か》き上げ、上に其《その》次第を届け出《い》でて、それぞれ詮議に手を尽《つく》したが、この男は何者とも分らず、随って其《そ》の死因も分らず、いわんや其《そ》の下手人も分らず、詮議も竟《つい》に其《それ》なりけりに済んで了ったとは、何《なん》ぼう哀れなる物語。で、彼《か》の怪しい人かげは、正しく此《こ》の水死者の幽魂が夜な夜な
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