あった。五百両の金が入ったので、義理の悪い借金は大抵片附いた。白子屋の店も蘇生《よみが》えったように景気を盛返した。又四郎は律義一方の男で商売にも精を出した。
 併しお常の華美や贅沢は矢はり止まなかった。お熊と忠七との縁も真実《ほんとう》に切れてはいなかった。こうした家庭がいつまでも円く治ってゆく筈はなかった。もともとが金を目的《めあて》に貰った婿であるから、月日の経つに従ってお常は又四郎を邪魔にし出した。お熊は勿論彼を嫌っていた。忠七も蔭に廻って色々の智慧を吹き込んだ。三人が暗い所に時々寄集って、何とかして又四郎を追い出したいと相談を凝したが、律義一方の婿の上から何かの落度を見付け出すということは頗る困難であった。理屈無しに彼を離婚するには忌が応でも持参金の五百両を附けて戻さなければならなかった。今の白子屋にその金のあろう筈はなかった。
 思案に行き詰まったお常は、或粉薬を飯にまぜて又四郎を鼠のように殺そうとしたが、飯炊の長助に妨げられて成功しなかった。その以来又四郎は余ほど警戒しているらしく見えるので、お常も迂闊に手を出すことが能《でき》なくなった。忠七は自棄《やけ》になって放蕩を
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