始めた。お熊は嫉妬やら愚痴やらで毎日泣いた。お常もいよいよ焦《じ》れに焦れた末に、浅い女の胸の底からこんな苦しい智慧を絞り出した。
「お菊に心中を仕掛けさせ、それを科《とが》に又四郎を追い出そう。」
その相談を第一に受けたのは、お気に入りのお久であった。彼女《かれ》はすぐに同意した。
「そうですね。お菊どんならば色は白し、眼鼻立もまんざらで無し、あれならば若旦那の相手だと云っても世間で承知しましょう。」
所謂まんざらで無い容貌《きりょう》の持主に生れて、下女には惜《おし》いと皆なから眼をつけられていたお菊は不運であった。彼女《かれ》はお内儀《かみ》さんの前に呼び付けられて、お久の口を通しておそろしい役目を云い付けられた。若旦那の熟《よく》寝ているところへ忍んで行って、剃刀でその喉《のど》へ少しばかりの傷をつけてくれ。決して殺すには及ばない。唯ほんの微傷《かすりきず》でも付けてくれれば可《い》い。そうして、お前も喉を突く真似をしろ。そこへ誰かが飛び込んで取|鎮《しづ》めるから案じることはない。何故そんなことをしたかと調べられたら、お前は何にも云わずに泣いていれば可《い》い。唯それだけ
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