代を殆ど傾け尽して了った。荷主には借金が嵩んで、どこの山からも荷を送って来なくなった。このままでいれば店を閉めるより他はないので、お常は一人娘のお熊が優れて美しいのを幸いに、持参金附の婿を探して身代の破綻《ほころび》を縫おうとした。数の多い候補者の中でお常の眼識《めがね》に叶った婿は、大伝馬町の地主弥太郎が手代又四郎という男で、彼は五百両という金の力で江戸中の評判娘の夫になろうと申込んで来た。
 お常は承知した。庄三郎は女房の御意次第で別に異存はなかった。しかし本人のお熊は納得しなかった。お熊は下女のお久の取持《とりもち》で手代の忠七と疾《と》うから起誓《きしょう》までも取交している仲であった。今更ほかの男を持っては忠七に済まないと彼女《かれ》は泣いて拒んだが、今のお常に取っては娘よりも恋よりも五百両の金が大切であった。彼女《かれ》は母の威光で娘を口説き伏せた。主《しゅう》の威光で手代を圧《おさ》え付けた。二人は泣いて諦めるより他はなかった。縁談は滑るように進んで、婚礼の日は漸次《しだい》に近づいた。三十四の又四郎と十八のお熊とが表向に夫婦の披露をしたのは、今から五年前の享保七年の冬で
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