身にしみて来た。和国橋の袂に一本しょんぼり[#「しょんぼり」に傍点]と立っている柳が顫えるように弱く靡いて、秋の寒さはその痩せ衰えた影から湧き出すように思われた。お菊は自分の身体を抱くように両袖をしっかり[#「しっかり」に傍点]掻き合せた。
「寧《いっ》そもう家へ逃げて帰ろうかしら、それとも長助どんに相談しようかしら。」
 お菊は思い余った胸を抱えて、何時《いつ》までもうっかり[#「うっかり」に傍点]と立っていた。彼女《かれ》は唯《た》った今、お内儀《かみ》さんのお常と朋輩のお久とから世に怖しいことを自分の耳へ吹き込まれたのであった。それは婿の又四郎に無理心中を仕掛けて呉れと云う相談で、彼女《かれ》も一時は吃驚《びっくり》して返事に困った。
 白子屋の主人庄三郎は極めて人の好《い》い、何方《どっち》かと云えば薄ぼんやりした質《たち》の人物で、家内のことは女房のお常が総《すべ》て切って廻していた。商売のことは手代の忠七が総て取仕切って引受けていた。お常は今年四十九の古女房であったが、若い時からの華美好《はでずき》で、その時代の商人《あきんど》の女房には似合わしからない贅沢三昧に白子屋の身
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