に芝居やお開帳のお供にも連れて行かれていた。
お菊は一旦自分の部屋へ退ったが、何だか落付いていられないので、又うろうろ[#「うろうろ」に傍点]と起《た》ち上って台所の方へ出た。白子屋は日本橋新材木町の河岸に向った角店で、材木置場には男達の笑い声が高く聞えた。お菊はそれを聞くとも無しに、水口にある下駄を突っかけて、台所から更に材木置場の方へぬけ出して行った。そこには五六人の男が粗削りの材木に腰をかけて何か面白そうに饒舌《しゃべ》っていた。その傍《そば》に飯炊《めしたき》の長助がむずかしい顔をして、黙って突っ立っていた。
「お菊どん。何処《どこ》へ……。お使《つかい》かい。」と、若い男の一人《ひとり》が何か戯《からか》いたそうな顔をして声をかけた。
「いいえ。」
卒気《そっけ》ない返事を投げ返したままで、お菊は又そこを逃げるように通りぬけて、材木置場の入口へ出た。享保十二年九月三日の夕方で、浅黄がやがて薄白く暮れかかる西の空に紅い旗雲が一つ流れて、気の早い三日月が何時の間にか白い小舟の影を浮べていた。お菊はその空を少時《しばらく》瞰《み》上げていると、水を吹いて来る秋風が冷《ひや》々と
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