で※[#「虫+車」、第3水準1−91−55]《こうろぎ》が鳴いた。家根の上を雁が鳴いて通った暗い冬空が近づくと共に罪人の悲しい運命も終りに近づいて来たが、何分にも死罪の多い裁判であるので、越前守も吟味に吟味を重ねて、その中から一人でも多くを救い出そうと努めたが、お常のほかには何《ど》うしても仕置を軽くする理由を見出すことが能《でき》なかった。
「もともとお内儀さんが悪いのでございます」と、お菊は泣いて訴えた。しかしお常は彼女《かれ》の主人であった。被害者の又四郎に取っても母であった。階級制度の厳重なこの時代にあっては、実際お常がこの事件の張本人であるとしても、彼女《かれ》は第一の寛典に浴すべき利益の地位に立っていた。
 死罪は老中に伺いを立てなければならない、老中から更に将軍の裁可を受けなければならない。こうして時日を遷延している中に、何とかして死罪から一等を減ずる方法を見出させようと云うのが、所謂「上のお慈悲」であった。しかし今度の罪人はこのお慈悲を受けることが能《でき》なかった。享保十二年の冬は容赦なく暮れて云った。十二月七日に関係者一同を白洲へ呼び出して、越前守は眉の間に深い皺を
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