答えた。
「はい。」
「まことに無理なことだけれどもね。お前、後生だから承知しておくれでないか。定めて怖ろしい女だと思うかもしれないが、妾《わたし》の身にもなっておくれ。お前も大抵知っているだろうが忠七と妾《わたし》との仲を引き分けて、気に染まない婿を無理に取らせたのは、皆阿母さんが悪い。ここの家《うち》へお嫁に来てから足掛け三十年の間に、仕度三昧の道楽や贅沢をして、阿母さんは白子屋の身上を皆な亡くして了った。その身上を立直す為に、妾はとうとう人身御供にあげられて忌《いや》な婿を取らなければならないことになった。思えば思うほど阿母さんが怨めしい、憎らしい。世間には親の病気を癒す為に身を売る娘もあるそうだが、寧《いっ》そその方が優《まし》であったろう。」
お熊は声を忍ばせて泣いた。彼女《かれ》の痩せた肩が微《かすか》におののく度に、行燈の弱い灯も顫えるようにちらちら[#「ちらちら」に傍点]と揺れて、眉の痕のまだ青い女房の横顔を仄白く照していた。今の水々しい美しさを見るに付けても、その娘盛りが思い遣られて、お菊は若いお内儀さんの悲しい過去と現在とを悼ましく眺めた。
「ねえ、お菊。くどいよ
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