うだけれども、承知しておくれでないか。阿母さんも流石《さすが》、娘が可哀そうになったと見えて、この頃では何《ど》うかして又四郎を離縁したいと色々に心配してくれているようだけれど、何しろ五百両という金の工面は付かず、こんな辛い思いをして何日までも生きている位なら、妾《わたし》はもう寧《いっ》そのこと……。」
 遣瀬ないように身を悶えて、お熊は鳴咽《すすりなき》の顔をお菊の膝の上に押付けると、夜寒に近い此頃の夜にも奉公人の寝衣《ねまき》はまだ薄いので、若い女房の熱い涙はその寝衣を透して若い下女の柔かい肉に滲んだ。お熊の魂はその涙を伝わってお菊の胸に流れ込んだらしく、彼女《かれ》は物に憑かれたように、身を顫わせて、若いお内儀さんの手を握った。
「判りました。よろしゅうございます。」
「え。それでは聞いてくれるの。」
「はい。」と、お菊は誓うように答えた。
 お熊は何にも云わないでお菊を拝んだ。その途端に、隣に寝ていたお久が不意に此方《こっち》へ向いて輾転《ねがえり》を打った。お菊は吃驚《びっくり》して見かえると、それを相図のようにお熊は窃《そっ》と起った。どこかで既《も》う一番鶏の歌う声が聞
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