にも云わずに衾《よぎ》をすっぽり[#「すっぽり」に傍点]と引被ってしまった。
寝付が悪いというお久が今夜は熟《よく》睡《ねむ》って、寝坊だと笑われている自分が今夜は何《ど》うして睡られそうもないので、お菊は幾たびか輾転《ねがえり》した。軈《やが》てうとうと[#「うとうと」に傍点]と睡《ねむ》ったかと思うと、彼女《かれ》は何だか得体の知れない真黒な大きい怪物にぐいぐい[#「ぐいぐい」に傍点]と胸を圧《お》さえ付けられて、悶いて苦しんでようように眼を醒ますと、しっかり[#「しっかり」に傍点]獅噛付《しがみつ》いていた衾《よぎ》の襟は冷い汗にぐっしょり[#「ぐっしょり」に傍点]と湿《ぬ》れていた。
「ああ気味が悪い。」
彼女《かれ》は寝衣《ねまき》の袂で首筋のあたりを拭きながら、腹這いになって枕辺《まくらもと》の行燈《あんどう》の微《かすか》な灯《ほ》かげを仰いだ時に、廊下を踏む足音が低くひびいた。
「おや、泥棒か知ら。」とお菊は今夜に限って急に怖気《こわげ》立った。彼女《かれ》は慌てて俯伏して再び衾《よぎ》を被っていると、枕もとの襖が軋みながらに明いた。長い裾を畳に曳いているらしい衣の
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