、一旦はむなしく帰って来た。いよいよ不安になって、心あたりを二、三軒聞きあわせた後に、今度は母が雇人を連れて再び弁天の祠へ探しに行ったが、娘の影はやはり見あたらなかった。彼女の死体はあくる朝になって初めて発見されたのであった。
 その訴えに接して、わたしは一人の巡査とともに現場へ出張して、型のごとくにその死体を検視することになった。池は南にむかって日あたりのいいところにあるが、それでもここらのことであるから、岸のあたりはかなりに厚く凍っている。お照の死体は池のまん中に浮かんでいたというのであるが、私たちの出張したときには、もう岸の上に引揚げられて、しょせん無駄とは知りながら藁火などで温められていた。
 この場合、他殺か自殺かを決するのが第一の問題であることは言うまでもない。医師もあとから駆けつけて来たが、誰の目にもすぐに疑われるのは、お照の額のやや左に寄ったところに、生々《なまなま》しい打ち疵の痕が残っていることである。しかもそれをもって一途《いちず》に他殺の証拠と認め難いのは、ここらの池や川は氷が厚いので、それが自然に裂けて剣《つるぎ》のように尖っている所もある。あるいは自然に凸起し
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