て岩のように突き出ている所もある。それがために自殺を目的の投身者も往々その氷に触れて顔や手足を傷つけている場合があるので、お照の死体もその額の疵だけで他殺と速断するのは危険であることを私たちも考えなければならなかった。殊に医師の検案によると、死体は相当に水を飲んでいるというのであるから、他殺の死体を水中に投げ込んだという疑いはいよいよ薄くなるわけである。
 もしお照が自殺であるとすれば、彼女は投身の目的で岸から飛び込んだが、氷が厚いので目的を達しがたく、単に額を傷つけたにとどまったので、さらに這い起きて真ん中まで進んで行って、氷の薄いところを選んで再び投身したものと察せられる。しかし困ったことには、私たちの出張するのを待たずして、早く死体を引揚げてしまったために、氷の上は大勢に踏み荒らされて、泥草鞋《どろわらじ》などの跡が乱れているので、その当時の状況を判断するについて、はなはだしい不便を与えるのであった。
 この時、わたしの注意をひいたのは、岸に垂れている二本の枯柳の大樹の根もとが、二つながら掘り返されていることである。さらに検《あらた》めると、一本の根もとの土は乾いている。他の一本
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