番さきに彼らと別れを告げなければならなかった。
二人に挨拶して自分の家へ帰ったが、冬坡の今夜の挙動がどうも私の腑に落ちなかった。野童はなにもかも呑み込んでいるようなことを言っていたが、なんの子細があって彼はこの寒い夜ふけに弁天の祠へ行って、池のほとりにさまよっていたのであろう。しかし冬坡がこの頃ここらにも流行する不良青年の徒でないことは、わたしも平生からよく知っているので、彼がなんらかの犯罪事件に関係があろうとも思われない。したがって、わたしも深く注意することなしに眠ってしまった。
そのあくる日は朝から出勤していたので、わたしは野童にも冬坡にも逢う機会がなかった。すると、次の日の午前九時ごろになって、一つの事件がかの弁天池のほとりに起った。町の清月亭という料理屋の娘の死体が池のなかから発見されたのである。
娘はお照といって、年は十九、色も白く、髪も黒く、容貌《きりょう》も悪くないのであるが、惜しいことには生れながらに左の足がすこし短いので、いわゆる跛足という程でもないが、歩く格好はどうもよろしくない。殊にそういう商売屋の娘であるから、当人も平生からひどくそれを苦《く》にしていたら
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