、黙っていては判らない。君は土地の者かね。」
「はい。」
「ここで何をしていたのだ。」
「はい。」
その声と様子とで、野童は早くも気がついたらしい。ひとあし摺り寄って呼びかけた。
「君は……。冬坡《とうは》君じゃないか。」
そう言われて、わたしも気がついた。彼は町の煙草屋の息子で、雅号を冬坡という青年であるらしかった。冬坡もわれわれの俳句仲間であるが、今夜の句会には欠席してこんなところに来ていたのである。そう判ると、わたし達もいささか拍子抜けの気味であった。
「うむ。冬坡君か。」と、わたしも言った。「今頃こんなところへ何しに来ていたのだ。夜詣りでもあるまい。」
「いや、夜詣りかも知れませんよ。」と、野童は笑った。「冬坡君は弁天さまへ夜詣りをするような訳があるんですから。」
なんにしてもその正体が冬坡と判った以上、私もむずかしい詮議も出来なくなったので、三人が後や先になって境内をあるき出した。野童は今夜の会の話などをして聞かせたが、冬坡はことば寡《すく》なに挨拶するばかりで、身にしみて聞いていないらしかった。わたしの家は町はずれで、他のふたりは町のまん中に住んでいるので、わたしが一
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