事でも出されると困りますね。」と、野童は言った。
去年の冬も乞食の焚火のために、村の山王の祠を焼かれたことがあるので、私は一応見とどける必要があると思って、野童と一緒に小さい石橋をわたって境内へ進み入ると、ここには堂守などの住む家もなく、唯わずかに社前の常夜燈の光りひとつが頼りであるが、その灯も今夜は消えているので、私たちは暗い木立ちのあいだを探るようにして辿《たど》って行くほかはなかった。
足音を忍ばせてだんだんに近寄ると、池の岸にひとつの黒い影の動いているのが、水明かりと雪明かりと星明かりとでおぼろげに窺われた。その影はうずくまるように俯向いて、凍った雪を掻いているらしい。獣《けもの》ではない、確かに人である。私服を着ているが、わたしも警察官であるから、進み寄って声をかけた。
「おい。そこで何をしているのだ。」
相手はなんの返事もなしに、摺りぬけて立去ろうとするらしいので、わたしは追いかけて、その行く手に立ちふさがった。野童も外套の袖をはねのけて、すわといえば私の加勢をするべく身構えしていると、相手はむやみに逃げるのも不利益だと覚ったらしく、無言でそこに立ちどまった。
「おい
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