り路である。連れの人々には途中で別れてしまって、町の方角へむかって帰って来るのは、町の呉服屋の息子で俳号を野童という青年と私との二人ぎりであった。月はないが星の明るい夜で、土地に馴れている私たちにも、夜ふけの寒い空気はかなりに鋭く感じられた。今夜の撰句の噂なども仕尽くして、ふたりは黙って俯向いて歩いていると、野童は突然にわたしの外套の袖をひいた。
「矢田さん。」
「え。」
「あすこに何かいるようですね。」
 わたしは教えられた方角を透かして視ると、そこには小さい弁天の祠《ほこら》が暗いなかに立っていた。むかしは祠のほとりに湖水のような大きい池があったと言い伝えられていたが、その池もいつの代にかだんだんに埋められて、今は二三百坪になってしまったが、それでも相当に深いという噂であった。狭い境内には杉や椿の古木もあるが、そのなかで最も眼に立つのは池の岸に垂れている二本の柳の大樹で、この柳の青い蔭があるために、春から秋にかけては弁天の祠のありかが遠方から明らかに望み見られた。その柳も今は痩せている。その下に何物かがひそんでいるらしいのである。
「乞食かな。」と、わたしは言った。
「焚火をして火
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