ならしめようと苦心した徳川幕府の当路者《とうろしゃ》と、彼ら自身の祖先とに対して、努力の労を感謝せねばなるまい。
今日は品川荒神《しながわこうじん》の秋季大祭とかいうので、品川の町から高輪へかけて往来が劇《はげ》しい。男も通る、女も通る、小児《こども》も通る。この人々の阿父《おとっ》さんや祖父《おじい》さんは、六十年|前《ぜん》にここを過ぎて、工事中のお台場を望んで、「まあ、これが出来れば大丈夫だ」と、心強く感じたに相違ない。しかもそれは殆ど何の用を為《な》さず、空しく渺茫《びょうぼう》たる海中に横わっているのである。
荒神様へ詣《まい》るもよい。序《ついで》にここを通ったらば、霎時《しばらく》この海岸に立って、諸君が祖先の労苦を忍《しの》んでもらいたい。しかし電車で帰宅《かえり》を急ぐ諸君は、暗い海上などを振向いても見まい。
四 日比谷公園
友人と日比谷公園を散歩する。今日は風もなくて暖い。芝原に二匹の犬が巫山戯《ふざけ》ている。一匹は純白で、一匹は黒斑《くろぶち》で、どこから啣《くわ》えて来たか知らず、一足の古《ふる》草履《ぞうり》を奪合《ばいあ》って、追いつ追
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