われつ、起きつ転《まろ》びつ、さも面白そうに狂っている。
「見給え、実に面白そうだね」と友人がいう。「むむ、いかにも無心に遊んでるのが可愛《かあい》い」といいながらふと見ると、白には頸環《くびわ》が附いている。黒斑の頸には何もない。「片方《かたっぽ》は野犬だぜ」というと、友人は無言にうなずいて、互に顔を見合せた。
今、無心に睦《むつま》じく遊んでいる犬は、恐《おそら》く何にも知らぬであろうが、見よ、一方には頸環がある。その安全は保障されている。しかも他の一方は野犬である。何時《なんどき》虐殺の悲運に逢わないとも限らない。あるいは一時間|乃至《ないし》半時間の後《のち》には、残酷な犬殺しの獲物《えもの》となってその皮を剥《は》がれてしまうかも知れない。日暖き公園の真中《まんなか》で、愉快に遊び廻っている二匹の犬にも、これほどの幸不幸がある。
犬は頸環に因《よっ》て、その幸と不幸とが直ちに知られる。人間にも恐らく眼に見えない運命の頸環が附いているのであろうが、人も知らず、我も知らず、いわゆる「一寸先は闇」の世を、何《いず》れも面白そうに飛び廻っているのである。我々もこうして暢気《のんき
前へ
次へ
全9ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング