物を着たままで、からだには何の疵もなかった。幸いに野良犬にも咬まれずに無事に泣きつづけていたらしい。その赤児から手がかりがついて、それは花川戸の八百留という八百屋の子であることが判った。
 八百留には上総《かずさ》生れのお長ということし十三の子守女が奉公していて、その前日の午《ひる》すぎに、いつもの通り赤児を背負って出たままで、これも明くる朝まで帰らないので、八百留の家でも心配して心あたりを探し廻っているところであった。してみると、お長は洲崎堤でお兼を絞め殺して、その着物を剥ぎ取って、おそらくその下駄をもはきかえて、自分の背負っている赤児をそこへ置き捨てて、どこへか姿を隠したものであるらしい。ふたりがどうしてそんなところへ連れ立って行ったのか、それは勿論わからなかった。お兼を殺してその着物を剥ぎ取るつもりで、お長がお兼を誘い出したとすれば、まだ十三の小娘にも似合わぬ恐ろしい犯罪である。
 お長の故郷は知れているので、とりあえず上総の実家を詮議すると、実家の方へは戻って来ないということであった。数珠屋では娘の死骸を引取って、型の如くに葬式をすませた。
 それにしても不思議なのは、その日の
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