そうよ。」
「それがおかしいね。」と、かれはお父さんの方へ向き直った。「してみると、人攫いや神隠しじゃあなさそうだと思われるが……。お兼ちゃんは自分の一料簡でどこへか姿を隠したんじゃないかねえ。」
「むむ。どうもわからねえな。」と、お父さんも首をかしげた。
 お兼はひとり娘で、親たちにも可愛がられている。まだ十一の小娘では色恋でもあるまい。それらを考えると、どうも自分の一料簡で家出や駈落ちをしそうにも思われない。結局その謎は解けないままで、経師屋の家では寝てしまった。おなおさんはやはり怖いような悲しいような心持で、その晩は安々と眠られなかった。
 あくる日になって、お兼のゆくえは判った。近所の竹藪などを掻きまわしていても所詮知れようはずはない。お兼はずっと遠い深川の果て、洲崎堤の枯蘆のなかにその亡骸《なきがら》を横たえているのを発見した者があった。お兼は腰巻ひとつの赤裸でくびり殺されていたのである。お兼は素足になっていたが、そこには同じ年頃らしい女の子の古下駄が片足ころげていた。更におどろかれるのは、年弱《としよわ》の二つぐらいと思われる女の児が、お兼の死骸のそばに泣いていた。これは着
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