にも叱られて、おなおさんはそのまま奥へ行って、親子三人で夕飯を食った。夜になって、お父さんは小僧と一緒に近所の湯屋へ行ったが、職人の湯は早い。やがて帰って来ておっ母さんにささやいた。
「さっきおなおが何を言っているのかと思ったらどうもおかしいよ。数珠屋のお兼ちゃんは見えなくなったそうだ。」
 それは湯屋で聞いた話であるが、お兼はきょうのお午《ひる》すぎに手習いから帰って来て、広徳寺前の親類まで使いに行ったままで帰らない。家でも心配して聞合せにやると、むこうへは一度も来ないという。どこにか路草を食っているのかとも思ったが、年のいかない小娘が日のくれるまで帰って来ないのは不思議だというので、親たちの不安はいよいよ大きくなって、さっきから方々へ手分けをして探しているが、まだその行くえが判らないとのことであった。
「こうと知ったら、さっきすぐに知らせてやればよかったんだが……。」と、お父さんは悔むように言った。
「ほんとうにねえ。あとで親たちに恨まれるのも辛《つら》いから、おまえさんこの子をつれてお兼ちゃんの家《うち》へ行っておいでなさいよ。遅まきでも、行かないよりはましだから。」と、おっ母さ
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