ら横町の方へ消えるように立去ってしまった。消えるようにといっても、ほんとうに消えたのではない。横町の角を曲っていくまで、そのうしろ姿をたしかに見たとおなおさんは言った。
その様子がなんとなくおかしいので、みんなも一旦は顔を見合せて、黙ってそのうしろ影を見送っていたが、お兼の立去ったのは自分の店と反対の方角で、しかもその横町には昼でも薄暗いような大きい竹藪のあることを思い出したときに、どの娘もなんだか薄気味わるくなって来た。おなおさんも俄かにぞっとした。そうして、言い合せたように一度に泣き声をあげて、めいめいの家《うち》へ逃げ込んでしまった。
おなおさんの家は経師《きょうじ》屋であった。手もとが暗くなったので、そろそろと仕事をしまいかけていたお父さんは、あわただしく駈け込んで来たおなおさんを叱りつけた。
「なんだ、そうぞうしい。行儀のわるい奴だ。女の児が日の暮れるまで表に出ていることがあるものか。」
「でも、お父《とっ》さん、怖かったわ。」
「なにが怖い。」
おなおさんから詳しい話を聞かされても、お父さんは別に気にも留めないらしかった。なぜ暗くなるまで外遊びをしていると、おっ母さん
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