て来た。
 踊り屋台はぬれながら町内を練り廻った。囃子の音が浮いてきこえた。屋台の軒にも牡丹のような紅い提灯がゆらめいて――それおぼえてか君さまの、袴も春のおぼろ染――滝夜叉がしどけない細紐《しごき》をしゃんと結んで少しく胸をそらしたときに、往来を真っ黒にうずめている見物の雨傘が一度にゆらいだ。
「うまいねえ。」
「上手だねえ。」
「そりゃほんとの役者だもの。」
 こんな褒めことばが、そこにもここにもささやかれた。
 お玉さんの家の人たちも格子のまえに立って、同じくこの踊り屋台を見物していたが、お玉さんの阿母さんはさも情けないというように顔をしかめて、誰にいうともなしに舌打ちしながら小声でののしった。
「なんだろう、こんな小穢いものを……。芸は下手でも上手でも、お祭りには町内の娘さん達が踊るもんだ。こんな乞食芝居みたいなものを何処からか引っ張って来やあがって、お祭りもないもんだ。ああ、いやだ、いやだ。長生きはしたくない。」
 こう言って阿母さんは内へつい[#「つい」に傍点]と引っ込んでしまった。お玉さんも徳さんもつづいてはいってしまった。
「鬼婆め、お株を言っていやあがる。長生きがした
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