のだと、ほんとうらしく吹聴《ふいちょう》する者もあった。その旦那は異人さんだと言う者もあった。しかし、それにはどれも確かな証拠はなかった。このけしからぬ噂がお玉さん一家の耳にも響いたらしく、その後のお玉さんの様子はがらりと変わって、買物にでも出るほかには、めったにその姿を世間へ見せないようになった。近所の人たちに逢っても情《すげ》なく顔をそむけて、今までのようなにこにこした笑い顔を見せなくなった。三味線の音もちっとも聞かせなくなった。
 なんでもその明くる年のことと記憶している。日枝《ひえ》神社の本祭りで、この町内では踊り屋台を出した。しかし町内には踊る子が揃わないので、誰かの発議でそのころ牛込の赤城下にあった赤城座《あかぎざ》という小芝居の役者を雇うことになった。役者はみんな十五六の子供で、嵯峨や御室の光国と滝夜叉と御注進の三人が引き抜いてどんつく[#「どんつく」に傍点]の踊りになるのであった。この年の夏は陽気がおくれて、六月なかばでも若い衆たちの中形《ちゅうがた》のお揃衣《そろい》がうすら寒そうにみえた。宵宮《よみや》の十四日には夕方から霧のような細かい雨が花笠の上にしとしとと降っ
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