女の顔と斜めに向き合った。女の歯の白いのがまず眼について物凄かった。
わたしは毎朝家を出て、夕方でなければ帰って来ない。お玉さんはめったに外へ出たことはない。お玉さんがこのごろ幽霊のように窶《やつ》れているということは、家の者の話には聞いていたが、わたしは直接にその変わった姿をみる機会がなくて過ぎた。それを今夜初めて見たのである。お玉さんの平べったい顔は削られたように痩せて尖って、櫛巻にしているらしい髪の毛は一本も乱さずに掻き上げられていた。その顔の色は気味の悪いほどに白かった。
「旦那、旦那。」と、お玉さんはひどく若々しい声で呼んだ。
私も呼ばれて立ちどまった。
「あなたは洋服を着ているんですか。」
その時わたしは和服を着ていたので、わたしは黙って蝙蝠《こうもり》のように両袖をひろげて見せた。お玉さんはかの白い歯をむき出してにやにやと笑った。
「洋服を着て通りやあがると、あたまから水をぶっ掛けるぞ。気をつけやあがれ。」
窓はぴっしゃり閉められた。お玉さんの顔は消えてしまった。わたしは物に魘《おそ》われたような心持で早々に家へ帰った。その当時、わたしは毎日出勤するのに、和服を着
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