て出ることもあれば洋服を着て出ることもあった。お玉さんから恐ろしい宣告を受けて以来、わたしは洋服を着るのを一時見あわせたが、そうばかりもいかない事情があるので、よんどころなく洋服をきて出る場合には、なるべく足音をぬすんでお玉さんの窓の下をそっと通り抜けるようにしていた。
それからひと月ばかり経って、寒い雨の降る日であった。わたしは雨傘をかたむけてお玉さんの窓ぎわを通ると、さながら待ち設けていたかのように、窓が不意にあいたかと思うと、柄杓の水がわたしの傘の上にざぶりと降って来た。幸いに傘をかたむけていたので、差したることもなかったが、その時わたしは和服を着ていたにも拘わらず、こういう不意討ちの難に出逢ったのであった。その以来自分はもちろん家内の者にも注意して、お玉さんの窓の下はいつも忍び足で通ることにしていた。それでも時々に内から鋭い声で叱り付けられた。
「馬鹿野郎! 百姓! 水をぶっかけるぞ。しっかりしろ。」
口でいうばかりでない、実際に水の降って来ることが度々あった。酒屋の小さい御用などは、寒中に頭から水を浴びせられて泣いて逃げた。近所の子供などはくやしがって、窓へ石を投げ込むの
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