やあしません。しかしあいつも我儘者ですから、なまじっかの所へ嫁なんぞに行って苦労するよりも、ああやって家で精いっぱい威張り散らして終る方が仕合わせかも知れませんよ。」と、徳さんは寂しく笑った。「おふくろも丁度あんな人間ですから、みんな血を引いているんでしょうよ。」
 それからだんだん話してみると、徳さんは妹のことをさのみ苦労にしてもいないらしかった。気のおかしくなるのは当たりまえだぐらいに思っているらしかった。ときどき大きな声などを出して呶鳴ったり騒いだりしても、近所に対して気の毒だとも思っていないらしかった。しかし徳さんが妹を可愛がっていることは私にもよく判った。かれは妹が可哀そうだから、自分もこの年まで独身でいると言った。その代りに少しは道楽もしましたと笑っていた。
 これが縁になって、徳さんは私達とも口を利くようになった。途中で逢っても彼は丁寧に時候の挨拶などをした。わたしの家へ仕事に来てから半月ばかりも後のことであったろう、私が或る日の夕方銀座から帰ってくると、町内の酒屋の角で徳さんに逢った。徳さんも仕事の帰りであるらしく、印半※[#「纏」の「广」に代えて「厂」、251−16]
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