って来た。
「畜生! べらぼう!」
お玉さんはなにを罵っているのであろう、誰を呪っているのであろう。進んでゆく世間と懸けはなれて、自分たちの周囲に対して無意味の反抗をつづけながら、自然にほろびてゆくいわゆる江戸っ子の運命をわたしは悲しく思いやった。お祭りの乞食芝居を痛罵した阿母さんは、鬼ばばあと謳われながら死んだ。清元の上手な徳さんもお玉さんも、不幸な母と同じ路をあゆんでゆくらしく思われた。取り分けてお玉さんは可哀そうでならなかった。母は鬼婆、娘は狂女、よくよく呪われている母子《おやこ》だと思った。
お玉さんは一人も友達をもっていなかったが、私の知っているところでは徳さんには三人の友達があった。一人は地主の長左衛門さんで、もう七十に近い老人であった。格別に親しく往来《ゆきき》をする様子もなかったが、徳さんもお玉さんもこの地主さまにはいつも丁寧に頭をさげていた。長左衛門さんの方でもこの兄妹の顔をみれば打ち解けて話などをしていた。
もう一人は上田屋という貸本屋の主人であった。上田屋は江戸時代からの貸本屋で、番町一円の屋敷町を得意にして、昔はなかなか繁昌したものだと伝えられている。わた
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