しが知ってからでも、土蔵付きの大きい角店で、見るから基礎のしっかりとしているらしい家構えであった。わたしの家でもここからいろいろの小説などを借りたことがあった。わたしが初めて読んだ八犬伝もここの本であった。活版本がだんだん行なわれるに付けて、むかしの貸本屋もだんだんに亡びてしまうので、上田屋もとうとう見切りをつけて、日清戦争前後に店をやめてしまった。しかしほかにも家作《かさく》などをもっているので、店は他人にゆずって、自分たちは近所でしもた[#「しもた」に傍点]家暮らしをすることになった。ここの主人ももう六十を越えていた。徳さんの兄妹は時々にここへ遊びに行くらしかった。もう一人はさっき湯屋で逢った建具屋のおじいさんであった。この建具屋の店にも徳さんが腰をかけている姿をおりおり見た。
こう列べて見渡したところで、徳さんの友達には一人も若い人はなかった。地主の長左衛門さんも、上田屋の主人も、徳さんとは殆んど親子ほども年が違っていた。建具屋の親方も十五六の年上であった。したがってこれらの老いたる友達は、頼りない徳さんをだんだんに振り捨てて、別の世界へ行ってしまった。上田屋の主人が一番さきに
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