く、夏も冬も長火鉢のまえに坐って、死んだようにふさいでいるかと思うと、時々だしぬけに破れるような大きい声を出して、誰を相手にするともなしに「なんでえ、畜生、べらぼう、百姓」などと罵りはじめるのであった。兄の徳さんも近頃は馴れたとみえて、別に取り鎮めようともしない。気のおかしい妹一人に留守番をさせて、平気で仕事に出てゆく。近所でも初めは不安に思ったが、これもしまいには馴れてしまって別に気に止める者もなくなった。
お玉さんは自分で髪を結う、行水《ぎょうずい》をつかう、気分のいい時には針仕事などもしている。そんな時にはなんにも変わったことはないのであるが、ひと月か二月に一遍ぐらい急にむらむらとなって、例の「畜生、べらぼう」を呶鳴り始める。それが済むと、狐が落ちたようにけろり[#「けろり」に傍点]としているのであった。気ちがいというほどのことではない、一種のヒステリーだろうと私は思っていた。気ちがいにしても、ヒステリーにしても、一人の妹があの始末ではさぞ困ることだろうと、わたしは徳さんに同情した。ゆず湯で清元を聴かされて以来、わたしは徳さんの一家を掩っている暗い影を、いたましく眺めるようにな
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