こを動くことが出来なくなったのでござります。」
 ある物に引留められて――その謎のような言葉の意味が叔父には判らなかった。あるいは両親や妹の墓を守るという事かとも思ったが、それならば当分といい、又は三年五年などという筈《はず》もあるまい。寂父はただ黙って聞いていると、僧もその以上の説明をつけ加えなかった。

     二

 叔父はその晩、そこに泊めてもらうことになった。初めにそれを言い出したときに、僧は迷惑そうな顔をして断わった。
「これから下大須までは一里余りで、そこまで行けば十五、六軒の人家もあります。旅の人のひとりや二人を泊めてくれるに不自由のない家もあります。お疲れでもあろうが、辛抱してそこまでお出でなされたがよろしゅうござります。」
 しかし叔父は疲れ切っていた。殊に平地でもあることか、この嶮しい山坂をこれから一里あまりも登り降りするのは全く難儀であるので、叔父はその事情を訴えて、どんな隅でもいいから今夜だけはここの家根の下においてくれと頼んだ。
「何分にも土地不案内の夜道でございますから、ひと足踏みはずしたら、深い谷底へ真っ逆さまに転《ころ》げ落ちるかも知れません。わたく
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