ら、この絶壁から真っ逆さまに投げ込まれなければならないことを思うと、かねて覚悟はしていながらも、叔父はこんな難儀の道をえらんだことを今更に後悔して、いっそ運を天にまかせて本街道をたどった方がましであったかなどとも考えるようになった。
 さりとて元へ引っ返すわけにも行かないので、疲れた足をひきずりながら、心細くも進んでゆくと、ここらは霜が早いとみえて、路ばたのすすきも半分は枯れていた。その枯れすすきのなかに何だか細い路らしいものがあるので、何ごころなく透かしてみると、そこの一面に生い茂っているすすきの奥に五、六本の橡《とち》や栗の大木に取り囲まれた小屋のようなものが低くみえた。
「ともかくも行ってみよう。」
 すすきをかき分けて踏み込んでみると、果たしてそれは一軒の人家で表の板戸はもう閉めてある。その板戸の隙間《すきま》からのぞくと、まだ三十を越えまいかと思われる一人の若い僧が仏前で経を読んでいるらしく、炉には消えかかった柴の火が弱く燃えていた。
 戸をたたいて案内を乞うと、僧は出て来た。叔父は行き暮らした旅商人であることを告げて、ちっとの間ここに休ませてくれまいかと頼むと、僧はこころよ
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