めていると、隠居は思わず大息ついて、アア悪い事は出来ぬもの、成ほど住も迷って来ましょう思えば怖しい事、南無阿弥陀仏と念じながら、ここに語り出す懺悔噺を聴くと、当主の祖父が未だ在世の頃、手廻りの侍女《こしもと》にお住と云う眉目妍《みめよ》い女があって、是に主人が手をつけて何日《いつ》かお住は懐妊の様子、これをその奥様即ちこの隠居が悟って、お定まりの嫉妬から或日の事、主人の殿が不在《るす》を幸いに、右のお住を庭前へ引据えて散々に折檻し、その半死半生になったのをそのままに捨て置いた。で、お住は苦しいと口惜《くやし》いに心も乱れたと見えて、いつかその池の畔《ほとり》へ這寄って、水底深く沈んで了《しま》ったとは、如何にも無惨極まる次第で、その時代の事であるから何事も内分に済せて、死骸は親|許《もと》へ引渡し、それで無雑作に埒が明いた、しかしその後に別に怪しい事もなく、その主人は已に世を去り、その息子も世を去って、当主隼人の代になった、その間|恰《あたか》も五十年を経過しているから、その頃の奉公人なども或は死し、或は暇を取って、当時は誰もこれを知る者もなく、現に当主の隼人すらも一向に知らぬ位、随《
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