、みんな顔をまっ赤にしてもずのように叫《さけ》んで杉の列の間を歩いているのでした。
 その杉の列には、東京|街道《かいどう》ロシヤ街道それから西洋街道というようにずんずん名前がついて行きました。
 虔十もよろこんで杉のこっちにかくれながら口を大きくあいてはあはあ笑いました。
 それからはもう毎日毎日子供らが集まりました。
 ただ子供らの来ないのは雨の日でした。
 その日はまっ白なやわらかな空からあめのさらさらと降る中で虔十がただ一人からだ中ずぶぬれになって林の外に立っていました。
「虔十さん。今日も林の立番だなす。」
 簑《みの》を着て通りかかる人が笑って云いました。その杉には鳶色《とびいろ》の実がなり立派な緑の枝さきからはすきとおったつめたい雨のしずくがポタリポタリと垂れました。虔十は口を大きくあけてはあはあ息をつきからだからは雨の中に湯気を立てながらいつまでもいつまでもそこに立っているのでした。
 ところがある霧《きり》のふかい朝でした。
 虔十は萱場《かやば》で平二といきなり行き会いました。
 平二はまわりをよく見まわしてからまるで狼《おおかみ》のようないやな顔をしてどなりました。
「虔十、貴《き》さんどごの杉|伐《き》れ。」
「何《な》してな。」
「おらの畑ぁ日かげにならな。」
 虔十はだまって下を向きました。平二の畑が日かげになると云ったって杉の影がたかで五寸もはいってはいなかったのです。おまけに杉はとにかく南から来る強い風を防いでいるのでした。
「伐れ、伐れ。伐らなぃが。」
「伐らなぃ。」虔十が顔をあげて少し怖《こわ》そうに云いました。その唇《くちびる》はいまにも泣き出しそうにひきつっていました。実にこれが虔十の一生の間のたった一つの人に対する逆らいの言《ことば》だったのです。
 ところが平二は人のいい虔十などにばかにされたと思ったので急に怒《おこ》り出して肩を張ったと思うといきなり虔十の頬《ほお》をなぐりつけました。どしりどしりとなぐりつけました。
 虔十は手を頬にあてながら黙《だま》ってなぐられていましたがとうとうまわりがみんなまっ青に見えてよろよろしてしまいました。すると平二も少し気味が悪くなったと見えて急いで腕《うで》を組んでのしりのしりと霧の中へ歩いて行ってしまいました。
 さて虔十はその秋チブスにかかって死にました。平二も丁度その十日ばかり前
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