かで五寸もはひってはゐなかったのです。おまけに杉はとにかく南から来る強い風を防いでゐるのでした。
「伐《き》れ、伐れ。伐らなぃが。」
「伐らなぃ。」虔十が顔をあげて少し怖さうに云ひました。その唇《くちびる》はいまにも泣き出しさうにひきつってゐました。実にこれが虔十の一生の間のたった一つの人に対する逆らひの言《ことば》だったのです。
 ところが平二は人のいゝ虔十などにばかにされたと思ったので急に怒り出して肩を張ったと思ふといきなり虔十の頬《ほほ》をなぐりつけました。どしりどしりとなぐりつけました。
 虔十は手を頬にあてながら黙ってなぐられてゐましたがたうとうまはりがみんなまっ青に見えてよろよろしてしまひました。すると平二も少し気味が悪くなったと見えて急いで腕を組んでのしりのしりと霧の中へ歩いて行ってしまひました。
 さて虔十はその秋チブスにかかって死にました。平二も丁度その十日ばかり前にやっぱりその病気で死んでゐました。
 ところがそんなことには一向構はず林にはやはり毎日毎日子供らが集まりました。
 お話はずんずん急ぎます。
 次の年その村に鉄道が通り虔十の家から三町ばかり東の方に停車場
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