けるやうな声で云ひました。
「何だと。おれをぬすとだと。さう云ふやつは、みんなたゝき潰《つぶ》してやるぞ。ぜんたい何の証拠があるんだ。」
「証人がある。証人がある。」とみんなはこたへました。
「誰《たれ》だ。畜生、そんなこと云ふやつは誰だ。」と盗森は咆《ほ》えました。
「黒坂森だ。」と、みんなも負けずに叫びました。
「あいつの云ふことはてんであてにならん。ならん。ならん。ならんぞ。畜生。」と盗森はどなりました。
みんなももつともだと思つたり、恐ろしくなつたりしてお互に顔を見合せて逃げ出さうとしました。
すると俄《にはか》に頭の上で、
「いや/\、それはならん。」といふはつきりした厳かな声がしました。
見るとそれは、銀の冠をかぶつた岩手山でした。盗森の黒い男は、頭をかゝへて地に倒れました。
岩手山はしづかに云ひました。
「ぬすとはたしかに盗森に相違ない。おれはあけがた、東の空のひかりと、西の月のあかりとで、たしかにそれを見届けた。しかしみんなももう帰つてよからう。粟《あは》はきつと返させよう。だから悪く思はんで置け。一体盗森は、じぶんで粟餅《あはもち》をこさへて見たくてたまらなか
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