じろく見え煙の影は夢のやうにかけたのです。唐檜《たうひ》やとゞ松がまつ黒に立つてちらちら窓を過ぎて行きます。じつと外を見てゐる若者の唇《くちびる》は笑ふやうに又泣くやうにかすかにうごきました。それは何か月に話し掛けてゐるかとも思はれたのです。みんなもしんとして何か考へ込んでゐました。まん中の立派な紳士もまた鉄砲を手に持つて何か考へてゐます。けれども俄《にはか》に紳士は立ちあがりました。鉄砲を大切に棚《たな》に載せました。それから大きな声で向ふの役人らしい葉巻をくはへてゐる紳士に話し掛けました。
『何せ向ふは寒いだらうね。』
向ふの紳士が答へました。
『いや、それはもう当然です。いくら寒いと云つてもこつちのは相対的ですがなあ、あつちはもう絶対です。寒さがちがひます。』
『あなたは何べん行つたね。』
『私は今度二遍目ですが。』
『どうだらう、わしの防寒の設備は大丈夫だらうか。』
『どれ位ご支度なさいました。』
『さあ、まあイーハトヴの冬の着物の上に、ラツコ裏の内外套《うちぐわいたう》ね、海狸《びばあ》の中外套ね、黒狐《くろぎつね》表裏の外外套ね。』
『大丈夫でせう、ずゐぶんいゝお支度です
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