網をテルマの岸に張らせやがつたやつは。連れてかう』
『うん、立て。さあ立ていやなつらをしてるなあさあ立て』
 紳士は引つたてられて泣きました。ドアがあけてあるので室《へや》の中は俄《にはか》に寒くあつちでもこつちでもクシヤンクシヤンとまじめ腐つたくしやみの声がしました。
 二番目がしつかりタイチをつかまへて引つぱつて行かうとしますと三番目のはまだ立つたまゝきよろきよろ車中を見まはしました。
『外《ほか》にはないか。そこのとこに居るやつも毛皮の外套《ぐわいたう》を三枚持つてるぞ』
『ちがふちがふ』赤ひげはせはしく手を振つて云ひました。『ちがふよ。あれはほんとの毛皮ぢやない絹糸でこさへたんだ』
『さうか』
 ゆふべのその外套をほんとのモロツコ狐《ぎつね》だと云つた人は変な顔をしてしやちほこばつてゐました。
『よし、さあでは引きあげ、おい誰《たれ》でもおれたちがこの車を出ないうちに一寸《ちよつと》でも動いたやつは胸にスポンと穴をあけるから、さう思へ』
 その連中はぢりぢりとあと退《ずさ》りして出て行きました。
 そして一人づつだんだん出て行つておしまひ赤ひげがこつちへピストルを向けながらせな
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