杉には水の幡かゝり、 しぶきほのかに拡ごりぬ。
〔血のいろにゆがめる月は〕
血のいろにゆがめる月は、 今宵また桜をのぼり、
患者たち廊のはづれに、 凶事の兆を云へり。
木がくれのあやなき闇を、 声細くいゆきかへりて、
熱植ゑし黒き綿羊、 その姿いともあやしき。
月しろは鉛糖のごと、 柱列の廊をわたれば、
コカインの白きかをりを、 いそがしくよぎる医師あり。
しかもあれ春のをとめら、 なべて且つ耐へほゝゑみて、
水銀の目盛を数へ、 玲瓏の氷を割きぬ。
車中〔一〕
夕陽の青き棒のなかにて、 開化郷士と見ゆるもの、
葉巻のけむり蒼茫と、 森槐南を論じたり。
開化郷士と見ゆるもの、 いと清純とよみしける、
寒天光のうら青に、 おもてをかくしひとはねむれり。
村道
朝日かゞやく水仙を、 になひてくるは詮之助、
あたまひかりて過ぎ行くは、 枝を杖つく村老ヤコブ。
影と並木のだんだらを、 犬レオナルド足織れば、
売り酒のみて熊之進、 赤眼に店をばあくるなり。
〔
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