の畑、      人もはかなくうまいしき。

人なき山彙《やま》の二日路を、    夜さりはせ来し酉蔵は、
塩のうるひの茎噛みて、    ふたゝび遠く遁れけり。



  〔萌黄いろなるその頸を〕

萌黄いろなるその頸を、   直くのばして吊るされつ、
吹雪きたればさながらに、  家鴨は船のごとくなり。

絣合羽の巡礼に、      五厘報謝の夕まぐれ、
わかめと鱈に雪つみて、   鮫の黒身も凍りけり。



  〔氷柱かゞやく窓のべに〕

氷柱かゞやく窓のべに、  「獺」とよばるゝ主幹ゐて、
横めきびしく扉《ドア》を見る。

赤き九谷に茶をのみて、  片頬ほゝゑむ獺主幹、
つらゝ雫をひらめかす。



  来賓

狩衣黄なる別当は、       眉をけはしく茶をのみつ。

袴羽織のお百姓、        ふたり斉しく茶をのみつ。

窓をみつめて校長も、      たゞひたすらに茶をのみつ。

しやうふを塗れるガラス戸を、  学童《こ》らこもごもにのぞきたり。



  五輪峠

五輪峠と名づけしは、   地輪水輪また火風、
(巌のむらと雪の松)   峠五つの故ならず。

ひかりうづまく黒の雲、  ほそぼそめぐる風のみち、
苔蒸す塔のかなたにて、  大野青々みぞれしぬ。



  流氷《ザエ》

はんのきの高き梢《うれ》より、    きらゝかに氷華をおとし、
汽車はいまやゝにたゆたひ、  北上のあしたをわたる。

見はるかす段丘の雪、     なめらかに川はうねりて、
天青石《アヅライト》まぎらふ水は、     百千の流氷《ザエ》を載せたり。

あゝきみがまなざしの涯、   うら青く天盤は澄み、
もろともにあらんと云ひし、  そのまちのけぶりは遠き。

南はも大野のはてに、     ひとひらの吹雪わたりつ、
日は白くみなそこに燃え、   うららかに氷はすべる。



  〔夜をま青き藺むしろに〕

夜をま青き藺むしろに、   ひとびとの影さゆらげば、
遠き山ばた谷のはた、    たばこのうねの想ひあり。

夏のうたげにはべる身の、  声をちゞれの髪をはぢ、
南かたぶく天の川、     ひとりたよりとすかし見る。



  〔あかつき眠るみどりごを〕

あかつき眠るみどりごを、   ひそかに去りて小店さき、
しとみ上ぐれば川音や、    霧はさやかに流れたり。

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