微けき霜のかけらもて、   西風ひばに鳴りくれば、
街の燈《あかり》の黄のひとつ、    ふるへて弱く落ちんとす。

そは瞳《まみ》ゆらぐ翁面《おきなめん》、     おもてとなして世をわたる、
かのうらぶれの贋《いか》物師、   木|藤《どう》がかりの門《かど》なれや。

写楽が雲母《きら》を揉み削《こそ》げ、   芭蕉の像にけぶりしつ、
春はちかしとしかすがに、  雪の雲こそかぐろなれ。

ちひさきびやうや失ひし、  あかりまたたくこの門に、
あしたの風はとどろきて、  ひとははかなくなほ眠るらし。



  旱倹


雲の鎖やむら立ちや、     森はた森のしろけむり、
鳥はさながら禍津日を、    はなるとばかり群れ去りぬ。

野を野のかぎり旱割れ田の、  白き空穂のなかにして、
術をもしらに家長たち、    むなしく風をみまもりぬ。



  〔老いては冬の孔雀守る〕


老いては冬の孔雀守る、    蒲の脛巾《はばき》とかはごろも、
園の広場の午后二時は、    湯|管《くだ》のむせびたゞほのか。

あるいはくらみまた燃えて、  降りくる雪の縞なすは、
さは遠からぬ雲
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