辛夷の花深き。

南風《かけつ》光の網織れば、     ごろろと鳴らす碍子群、
艸火のなかにまじらひて、  蹄のたぐひけぶるらし。



  〔すゝきすがるゝ丘なみを〕


すゝきすがるゝ丘なみを、  にはかにわたる南かぜ、
窪てふ窪はたちまちに、  つめたき渦を噴きあげて、
古きミネルヴァ神殿の、  廃址のさまをなしたれば、
ゲートルきりと頬かむりの、  闘士嘉吉もしばらくは、
萱のつぼけを負ひやめて、  面あやしく立ちにけり。



  〔乾かぬ赤きチョークもて〕


乾かぬ赤きチョークもて、   文を抹して教頭は、
いらかを覆ふ黒雲を、     めがねうつろに息づきぬ。

さびしきすさびするゆゑに、  ぬかほの青き善吉ら、
そらの輻射の六月を、     声なく惨と仰ぎたれ。



  〔腐植土のぬかるみよりの照り返し〕


腐植土のぬかるみよりの照り返し、  材木の上のちひさき露店。

腐植土のぬかるみよりの照り返しに、  二銭の鏡あまたならべぬ。

腐植土のぬかるみよりの照り返しに、  すがめの子一人りんと立ちたり。

よく掃除せしラムプをもちて腐植土の、  ぬかるみを駅夫大股
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