うにしました。それから叫びました。
「一郎、一郎、いるが。一郎。」
 また明るくなりました。草がみないっせいによろこびの息をします。
「伊佐戸《いさど》の町の、電気工夫の童《わらす》あ、山男に手足いしばらえてたふだ。」といつかだれかの話した言葉が、はっきり耳に聞こえて来ます。
 そして、黒い道がにわかに消えてしまいました。あたりがほんのしばらくしいんとなりました。それから非常に強い風が吹いて来ました。
 空が旗のようにぱたぱた光って飜り、火花がパチパチパチッと燃えました。嘉助はとうとう草の中に倒れてねむってしまいました。
        *
 そんなことはみんなどこかの遠いできごとのようでした。
 もう又三郎がすぐ目の前に足を投げだしてだまって空を見あげているのです。いつかいつものねずみいろの上着の上にガラスのマントを着ているのです。それから光るガラスの靴《くつ》をはいているのです。
 又三郎の肩には栗《くり》の木の影が青く落ちています。又三郎の影は、また青く草に落ちています。そして風がどんどんどんどん吹いているのです。
 又三郎は笑いもしなければ物も言いません。ただ小さなくちびるを強
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