自分と人とをばかりくらべてばかりゐてはならん。」といふことだけです。それで私は卒業したのです。全くどうも私がいけなかったのです。
 いや、耕平さん。早く葡萄の粒を、みんな桶《をけ》に入れて、軽く蓋《ふた》をしておやすみなさい。さよなら。

     (四)[#「(四)」は縦中横]

 あれから丁度、今夜で三日になるのです。
 おとなしい耕平のおかみさんが、葡萄のはひったあの桶を、てかてかの板の間のまん中にひっぱり出しました。
 子供はまはりをぴょんぴょんとびます。
 耕平は今夜も赤く光って、熱《ほて》ってフウフウ息をつきながら、だまって立って見てゐます。
 おかみさんは赤漆塗《あかうるしぬ》りの鉢《はち》の上に笊《ざる》を置いて、桶《をけ》の中から半分|潰《つぶ》れた葡萄《ぶだう》の粒を、両手に掬《すく》って、お握りを作るやうな工合《ぐあひ》にしぼりはじめました。
 まっ黒な果汁は、見る見る鉢にたまります。
 耕平はじっとしばらく見てゐましたが、いきなり高く叫びました。
「ぢゃ、今年ぁ、こいつさ砂糖入れるべな。」
「罰金取らへらんすぢゃ。」
「うんにゃ。税務署に見《め》っけらへれば、罰
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