て、もう大丈夫です。今に晩方また来て見ませう。みなさんもなかなか忙がしいでせうから。

     (二)[#「(二)」は縦中横]

 夕方です。向ふの山は群青《ぐんじゃう》いろのごくおとなしい海鼠《なまこ》のやうによこになり、耕平はせなかいっぱい荷物をしょって、遠くの遠くのあくびのあたりの野原から、だんだん帰って参ります。しょってゐるのはみな野葡萄の実にちがひありません。参ります、参ります。日暮れの草をどしゃどしゃふんで、もうすぐそこに来てゐます。やって来ました。お早う、お早う。そら、
[#ここから4字下げ]
耕平は、一等卒の服を着て、
野原に行って、
葡萄《ぶだう》をいっぱいとって来た、いゝだらう。
[#ここで字下げ終わり]
「ふん。あだりまぃさ。あだりまぃのごとだん[#「ん」は小書き]ぢゃ。」耕平が云ってゐます。
 さうですとも、けだしあたりまへのことです。一日いっぱい葡萄ばかり見て、葡萄ばかりとって、葡萄ばかり袋へつめこみながら、それで葡萄がめづらしいと云ふのなら、却《かへ》って耕平がいけないのです。

     (三)[#「(三)」は縦中横]

 すっかり夜になりました。耕平の
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